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大阪地方裁判所 昭和37年(ワ)3776号 判決 1968年6月19日

原告(反訴被告)

リッカーミシン株式会社

右代理人

杉村進

同復代理人

安藤嘉範

被告(反訴原告)

丸善ミシン株式会社

右代理人

越智比古市

丸山武

主文

1  被告は別紙図面第二および説明書記載の変速機を装置したミシンを製造、販売してはならない。

2  被告は原告に対し六七七万〇四〇〇円およびこれに対する昭和四一年一二月一七日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  原告のその余の本訴請求を棄却する。

4  被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。

5  訴訟費用は、本訴・反訴を通じ、三分の二を原告の負担とし、三分の一を被告の負担とする。

6  この判決主文第二項は仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

第一原告の実用新案権

原告が次の実用新案権(本件実用新案権)を有することは当事者間に争がない。

登録番号 第五二五二八四号

考案の名称 自動ジグザグミシンの変速機

出願 昭和三二年六月一七日

出願公告 昭和三五年一月三〇日

登録 同年一二月九日

第二本件対象物は、本件実用新案の技術的範囲に属するか。

(争のない事実)

一、本件実用新案登録出願の願書に添付した明細書の登録請求の範囲の記載が、別紙実用新案公報の該当欄記載および図面第一<ずれも省略>のとおりであることおよび被告の製造・販売にかかる(少なくともかつて製造・販売した。)ミシン機頭部(MZ八八型およびMZ九〇型)に装置されている変速機が別紙図面および別紙「説明書」記載<いずれも省略>のとおりであることは、当事者間に争がない。

(本件実用新案の要件標識)

二、<証拠>と前記登録請求の範囲の記載によると、本件実用新案の要件標識は、

(a)  主動軸(回転軸(3))に、ウォームギヤー(4)と直径を異にする歯輪(5)(6)とを、軸(3)と共動するように装着し、

(b)  上軸(1)のウォーム(2)に、主動軸のウォームギヤー(4)を噛み合わせ、

(c)  歯輪(5)(6)に噛合するよう模様カム(18)を固定した軸に受動クラッチ付歯輪(8)(9)を空転するように装着し、

(d)  従動軸(カム軸(7))には、軸心方向にだけ摺動し軸(7)とともに回動するクラッチ(10)を、受動クラッチ(8)(9)のいずれかに選択噛合させ得るよう装着して

成る自動ジグザグミシンの変速機の構造にあるものと認められる。

(本件実用新案の作用・効果)

三、<証拠>によると、本件実用新案の実施品は、前記構造により(上軸とカム軸との間に歯車式変速装置を具え、摺動クラッチによつて)、二段変速を行ない。一個の模様カムで二種の模様を作出し得る作用効果を有することが認められる。

(被告の変速機・本件対象物の特徴)

四、<証拠>によると、本件対象物の構造上の特徴は、

(a)  従動軸(6)に、直径を異にする歯輪二個(7)(8)を装着し、

(b)  上軸のウォームに主動軸のウオームギヤーを噛合わせ

(c)  従動軸の直径を異にする歯輪(7)(8)に噛合するように、主動軸に受動クラッチ、歯輪二個(2)(3)を空転するよう装置し、

(d)  主動軸に軸心方向だけに摺動し軸とともに回動するクラッチ(5)を、受動クラッチ歯輪(2)(3)のいずれかに選択噛合するようにし、

(e)  前記各軸のほかにカムを取付けた軸(9)を設け、この軸に取付けた歯車(10)を従動軸(中間軸)の歯輪(7)に噛合させること。

にあることが認められる。

そして、右事実、<証拠>によると、本件対象物の前記特徴により、二段変速を行ない、一個の模様カムで二種の模様を作出し得る作用効果を有することが認められる。<証拠>によると、本件実用新案の実施物は直線縫の際受動クラッチ歯輪が空転するのに反し、本件対象物は直線縫の際同歯輪は停止していることが認められる。しかし<証拠>によれば、本件実用新案の実施物における直線縫の際の前記歯輪空転による影響、すなわち騒音・摩耗は微細なものであつて使用上取るに足りないものであることが認められる。

(本件実用新案の前記要件標識と本件対象物の特徴との比較)

五、前記(a)、(b)、(c)、(d)と'(a)、'(b)、'(c)、'(d)とは、クラッチが主動軸に装置されている(本件対象物)か、従動軸に装置されているかの差異があるほか同一である(本件対象物の特徴'(e)が、前記作用効果自体を変更するものでないことは前記甲第一号証によつて明らかである。)。縫ミシンの変速機におけるこの差異、すなわちクラッチが主動軸に装置されたものが、もし前記登録請求の範囲の記載、つまり本件実用新案の構成要件標識に包含されるものと解釈されるならば、本件対象物は本件実用新案の要件標識全部をことごとく具備しているものというべきであつて、本件実用新案の権利範囲に属するものといわねばならない。

(本件登録請求の範囲の記載の解釈)

六、被告は、本件実用新案の出願当時(昭和三二年六月一七日)、縫ミシンの変速機において、クラッチを主動軸に装置したものは公知の技術であつた(消去主義)ばかりでなく、当時の技術水準に照らし出願者(原告)みずから出願過程(手続)において、クラッチを主動軸に装置したものを放棄した(つまり、クラッチを従動軸に装置したものに登録請求の範囲を限定した)ものであるから、本件登録請求の範囲(本件実用新案の構成要件標識)にクラッチを主動軸に装置したものが包含されると本件登録請求の範囲の記載を解釈する余地はない旨の趣旨の主張をするものと解する。

(1)  本件実用新案の出願当時(昭和三二年六月一七日)、縫ミシンの、一個のカムで二種の模様を作出する作用効果を目的としたクラッチによる変速機の構造においてクラッチが主動軸に装置された技術が公知であつた事実を認めるに足りる証拠はない。<中略>

(2)  <証拠>と前記争のない事実によると次の事実が認められる。すなわち、被告会社代表者のMは昭和三二年一〇月一二日特許庁に対し本件対象物につき実用新案登録出願をしたが、昭和三四年一〇月二一日付をもつて公知の技術から容易に推考できるものとして出願を拒絶された。他方、本件実用新案はこれより先、昭和三二年六月一七日に出願された。前者の審査過程において、前者と後者とが同一性を有するか否か(先願か否か)については検討されていない。また後者の審査過程において、クラッチが従動軸に装置されたものに登録請求の範囲を限定すべきか否かは検討されていない。本件実用新案の考案者は出願時、クラッチが従動軸に装置されたものに限定してその考案をしたものではない。以上の事実が認められる。

すると、被告の右主張は採用することができない。

前認定によると、クラッチが主動軸に装置されているものは、それが従動軸に装置されているものと同一の作用効果を有するものであるから、前者は後者と技術的に均等であるというべきである。

してみると前記登録請求の範囲、すなわち本件実用新案の構成要件標識には、クラッチが主動軸に装置されたものが包含されるものと解釈するのが相当である。したがつて本件対象物は本件実用新案の技術的範囲・権利範囲に属するものというべきである。

第三差止請求について。

被告が現に本件対象物を装置するミシンを製造、譲渡している事実を認めるに足りる証拠はない。しかし、被告は後記認定のようにかつて製造、譲渡しており、かつ現に本件対象物が本件実用新案の権利範囲に属することを争つているものであるから、将来これを製造、譲渡するおそれがあるものと事実上推定される。被告がその譲渡等のため展示することを認めるに足りる証拠はない。被告がその製品、半製品および本件対象物を製造する設備を現に保有することを認め得る資料はない。本件対象物を装置したミシンの製造、譲渡の差止めを求める請求は理由があるものというべく、その余の差止請求は理由がない。

第四損害賠償請求について。

(不法行為の成立)

一<証拠>および弁論の全趣旨にると、被告は本件実用新案公告の日の翌日昭和三五年一月三一日から昭和三六年一二月末日までの間本件対象物を装置したMZ八八型ミシン一万八八〇三台、MZ九〇型ミシン二万九五五七台計四万八三六〇台を製造・販売(輸出)したことが認められる。

そして被告がこれ等を業として製造販売したものであることは弁論の全趣旨によつて認められ、本件対象物が本件実用新案の権利範囲に属することは前示のとおりであつて本件実用新案の出願公告は昭和三五年一月三〇日になされているから、被告は少なくとも過失により違法に原告の有する本件実用新案権を侵害したものといわざるを得ない(法律上の過失の推定は昭和三五年四月一日以降である)。すると被告はこれによつて原告が被つた損害を賠償すべき義務がある。

(損害の額)

二、(1)原告は、被告が前記各ミシン(頭部)を販売して得た利益額が原告の被つた損害額であると主張するけれど、右ミシンに他の数種の実用新案権および特許権が実施されていることは<証拠>によつて明らかである。数種の実用新案権等が一個の単一商品に競合して実施されている場合においては、当該商品の販売利益に対する各実用新案権等の寄与率をもつて按分した金額が、各実用新案権等のそれぞれの実施によつて受ける利益額であると解するのが相当である。ところで本件実用新案権の前記各ミシンの価格、したがつて販売利益に対する寄与率を原告は主張、立証しない。したがつて原告が右ミシン販売利益全額をもつて自己の被つた損害額であるとする主張は採用することができない。

(2) 原告は本件実用新案権を侵害されたため、少なくともその実施に対し通常受けるべき金銭(いわゆる実施料)の額に相当する金銭を、損害の額としてその賠償を求めることができるといわねばならない。<証拠>によると、本件実用新案権の実施料は前示ミシン一台につき少なくとも一四〇円であると認めるのが相当である。(被告は本件変速機の部品の価額の合算額一二七円が変速機自体の価額であると主張、立証するけれども、前示各証言に照らし採用しがたい)。すると被告が製造、販売した前記ミシンの台数四万八三六〇に右一四〇円を乗じた金額六七七万〇四〇〇円が原告の被つた損害の額である。右六七七万〇四〇〇円およびこれに対する前示不法行為の最後の日以後である昭和四一年一二月一七日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の請求は理由があるといわねばならない。(原告のその余の損害額の支払請求は理由がない)。

第五信用回復措置請求について。

被告が前示各ミシンを販売した先はもつぱらアメリカ合衆国シカゴ市シアーズ社であることは原告の自認するところであり、原告が被告の前示不法行為によつて業務上の信用を著しく害された事実を認めるに足りる証拠はない。原告の謝罪広告請求は理由がないというほかはない。

第六反訴請求について。

被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)の内容虚偽の通知によつて著るしく営業上の信用を害されたと主張するけれども、前示認定によれば、その主張の通知の内容は虚偽のものとはいいがたいばかりでなく、被告がその信用を著るしく害された事実を認めるに足りる証拠はない。被告の反訴請求は理由がないというべきである。

(むすび)

第七以上説示のとおりであるから、原告の本訴請求は前示認定の限度においてこれを認容し、その余の請求はこれを棄却するべく、被告の反訴請求はこれを棄却する。(山内敏彦 藤井俊彦 井土正明)

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